今日、午前中に仕事をしている時、いつものルート上にあるロースターへ行きたいなと思いました。

普段からよく通っているお店で、美味しいコーヒーを提供してくれるお気に入りの場所です。

お昼休みに立ち寄って、美味しい一杯を飲みたい。

きっと、今までの僕なら、そのままお店へ向かっていたと思います。

でも、今日は少し違いました。

というのも、最近ふと感じていたことがあります。

もちろん、ロースターのコーヒーは美味しい。

豆によっては、本当に感動するような味に出会うこともあります。

ただ、自分自身も家で焙煎を続けていて、普段からグレードの高いスペシャルティコーヒーを日常的に飲むようになりました。

すると、ロースターで飲むコーヒーと、自分で淹れているコーヒーとの差が、以前ほど大きく感じなくなってきたのです。

コーヒーを始めた頃は、ロースターへ行くたびに新しい発見がありました。

エチオピア、ブラジル、グアテマラ。

産地ごとの違いに感動し、「もっと知りたい」と夢中になっていました。

でも、ある程度続けていくうちに、

「エチオピアなら、こんな雰囲気。」

「ブラジルなら、こういう方向。」

そんなふうに、自分の中で産地ごとの味の輪郭が少しずつ見えるようになってきました。

だから最近は、ロースターへ行っても、

「少し違うけれど、方向性としては知っている味。」

そんな感覚になることが増えてきました。

もちろん、それは悪いことではありません。

むしろ、自分の中に少しずつ経験が積み重なってきたということなのだと思います。

そこで今日は、ロースターへ行く代わりに、自分で淹れてみようと思いました。

ランチのあと、営業車の中で、いつものようにコーヒーを淹れました。

魔法瓶に入れてきた熱湯。

折りたたみ式のドリッパー。

フィルターと、お気に入りの豆。

毎日続けている、いつもの一杯です。

そして飲んだ時、ふと思いました。

「あ、もうこれで十分やな。」

ロースターへ行きたいという気持ちが、自分で淹れた一杯で、ちゃんと満たされていたのです。

これは、自分の中では結構大きな出来事でした。

単純に節約になった、という話だけではありません。

それ以上に、

“外へ求めに行かなくても、自分の中で満たせた。”

という感覚が、とても大きかったのです。

きっと、こういう経験を少しずつ積み重ねていくことで、

「飲みに行きたい。」

と思った時も、

「まず自分で淹れてみよう。」

そんなふうに、自分の習慣も少しずつ変わっていくのかもしれません。

今日は、自分にとって、そんな小さな進歩を感じられた一日でした。